「上司のある一言」
クレーム対応への苦手意識が払しょく出来たのは、半年ほど一緒に働いたある上司の一言でした。
ある時、お客様が破損した時計をお持ち込みになりました。購入したばかりだが、破損してしまった、 保証期間内なので交換をしてほしい、というご要望でした。販売規約と補償内容に照らし合わせると、 交換は出来かね、修理対応となる案件でしたが、お客様にはご納得頂けませんでした。
上司に「こういったクレームが発生しました」と報告すると、上司は私にこう言いました。 「武島さん、それはクレームじゃなくてご相談ですよ。つまり接客です。普段通りお客様と向き合いましょう」。
金言でした。日常の接客において、私たち販売員はお客様の様子を観察し、お話を伺い、 ご満足頂けるよう出来得る最大限のご提案をします。お客様のことを思い、時間をかけて向き合うわけです。
「それと同じだよ、だってどうにかならないかというご相談なのだから。」そう上司は言うのです。
肩の力が抜け、心がスッと軽くなりました。こちらのお客様にはお話を更に詳しくお伺いし、 いったんご対応についてお預かりをしました。
その上でまず、商品特性や保証内容の詳細を調べ、どうして破損し、どうすれば防げたか、 どのようなケアが必要かをご説明出来るように、改めて勉強しました。また、スーパーバイザーや修理担当者と相談を重ね、 ご対応方法を検討しました。そして、改めてお客様と時間をかけてお話をさせて頂きました。
その結果、「そうかあ、そういう理由があるんだね。色々教えてくれてありがとう」と、 修理対応でご納得頂くことが出来たのです。
私にとってこれは転機となる出来事でした。お客様に必要だったのは、その場ですぐに回答を出すことではなく、 時間をかけなければ分からない「理由」と、それを踏まえた「説明」だったのです。
そして、私に足りなかったのは、お客様がお困りになっているその「気持ち」に寄り添うことだったのです。
このことがあって以来、私は「クレーム」という言葉をあまり使わなくなりました。ほとんどの場合、 それは「ご相談」だからです。
「スタッフが頂いたお言葉」
店長を務めるようになってから、上司から頂いた金言を、部下にも伝えるようにしてきました。 ある時、こんなことがありました。
遠方にお住いの女性のお客様から、代引きで商品の購入をしたいというお電話を頂きました。 中堅女性スタッフのDが対応しました。
お客様はこう仰います。
「以前にオンラインで靴を購入したことがあるのだが、革のシワが気になってしまった。 店舗で確認をしたいのだが、どこも遠くて見に行くことが難しい。スタッフの方に状態を見てもらってから買いたいので、 代引きで対応してもらいたい」。
代引き対応は可能ですので、快く承りました。ご要望の商品はレザーのサンダルでした。 こちらの商品は素材の特性上、革のシボや色のムラが必ずあります。Dがご説明したところ、 お客様はオンラインでの購入体験がずっと引っかかっていて、ご不安なご様子。
そこで彼女は、電話で接客を始めました。オンライン購入された時の状況、サイズや普段お召しのお洋服のこと、 お住いの場所など、詳しくお伺いしました。また、ご要望のお品物のブランド背景や商品説明、素材特性やケア方法をお伝えし、 ご提案しました。電話は長くなりました。しかし、次第に笑い声が多くなり、楽しげな会話の雰囲気になっていったのです。 それで私はお客様がDに心を開いてくださっていることが分かりました。頂いたお電話は、同じ商品を複数点お取り寄せし、 状態の良い物をこちらで選び、改めて電話を差し上げるとお約束して終了しました。
商品が到着し、Dも含めて複数人で慎重に検品しました。彼女は「これなら、お客様はご満足頂けると思います」と言いました。 彼女はその時、お客様が届いた商品をご覧になる時の表情が、実際にお会いしたことはなくとも、想像出来ていたのだと思います。
Dからお客様にお電話を差し上げました。状態、検品方法、代引きはシステム上ご返品が致しかねる旨、 ご不安な場合は近隣店舗へのご配送も承る旨お伝えし、お客様のご判断を仰ぎました。するとお客様は、こう言われたそうです。
「ここまでして頂いたことは初めてで、大変うれしい。Dさんが選んでくれたものであれば、それで構わない。 それを履きます。ありがとう。この夏、たくさん履こうと思います」
嬉しいお言葉でした。電話を切った後、「ああ、良かった!」と彼女は嬉しそうに笑いました。 その笑顔を今もよく覚えています。私は彼女にこう声を掛けました。 「Dがお客様の不安な気持ちに寄り添っていたから頂けたお言葉だね。素晴らしかったよ」。